小説感想「メタボラ」桐野夏生
著者:桐野夏生
メタボラ(2007/5/8)
以下の感想にはネタバレを含みますのでご注意。
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記憶喪失の男が自分を探すように未来を探すように貧困と戦いながら旅をしていく物語。
男らしい弱さと強さが非常にリアルに描かれていて胸を突かれた。
私は桐野夏生の描く「異常に強い女」が若干苦手なのであるが、男性視点の描写はいつも凄く好きだ。
ロマンチストでありながらも、しぶといエネルギーを持っているから。
対して女キャラクターは化け物じみた生命力を保持している場合が多く、読んでいて現実離れした恐怖を覚える。そして、現実からあまりにも離れてしまうと、一つ一つの描写に対しての緊張感や感動が薄まっていく。「あーはいはい、また過激描写ね」といった具合に。それで、最近は少し桐野夏生から離れてしまっていた。
話を戻します。
男と女の違い・・・主人公(兄)と妹の、現実への向きあい方の違いが非常にリアルに描かれていました。
我が家もこの小説程ではないにしても多少ネグレクトに近い貧困状況で思春期を過ごしたのですが、弟より女である私の方が社会に目を向け、なんとしてもこの家庭という史上最悪の最小でありながらにして初所属の組織から抜けだそうともがきました。
大学進学、大企業への入社、そして結婚。それらを成し遂げる為のエネルギー源は胸の悪くなる家族からの脱出に他ならなかった。
対して、男である弟の方がいつまでも過去や家庭や環境に縛られ、社会にうまく根差そうと出来ていなかったように思います。
あるいは、変化のスピードが非常にゆっくりなのかもしれません。女から見れば止まっているように見える程。
メタボラの主人公も、過去と決別したい気持ちを持ちながら、やはり捨てられないのだと終末へ結んでいく。妹から見ればじれったい生き方。
過去を思い出した主人公は、自らを過去と現在が複雑に交じり合った男になっているといった表現をします。
そうやって混迷状態になっている最中、遂にジェイク(現在の主人公が愛している男)との再会がやってきた。
死相の出ている、借金まみれのジェイク。
そこで主人公は過去と同じことをする。大金を愛する男の為に投げ出します。
だが、過去とは少し違う。過去のやり方は非常に受動的だった。本当は「金を受け取らないで自分を止めて欲しい。何故金を渡すのか理由を聞いて欲しい」という願望を持ちながらの行動であり、つまりは幼い駆け引きの一貫であった。
ジェイクに対してのそれは、もっと能動的なやり方。
自らテキパキと、ジェイクの為に金を返済する主人公。盗んだ金であるという罪悪感も忘れて。
ジェイクに愛して貰いたくて行う、というよりは、自分がそうしたいからする、という意思が垣間見えます。
返済後二人は船に乗って島に向かうのだが、てっきり私は主人公がこのままジェイクと心中するか、あるいは自殺するものだと思いました。
過去と決別出来ないのであれば「男に金を渡した後」は過去と同様「死に向かう」という展開で当然だから。
が、主人公はもっとタフになっていた。
「いずれ自分は警察に捕まる」と自覚したまま船に揺られ、ジェイクの手を握っているのである。それも冷たくなっていく(死にゆく)ジェイクの手を。
このラストには非常に救われました。
男とは、馬鹿みたいにロマンチストで融通が利かなくて、だからロマンのために死ぬような生き物だというイメージがある。実際、そうした描写で終わる物語も多いし、愛しさでもある。ジェイクも、どちらかというとそういうタイプの男性だと思います。
けれど主人公は警察に捕まり、その後も自分で自分の人生を生き抜くつもりでいるのだと私には感じられました。
冷たくなっていく彼の手をしっかり握る、という描写からは静かな決意を覚えます。
男に金を渡し続ける人生に後悔を感じていない。
凄いこと。
ただ、この辺りの描写は解釈が分かれるところだろうことは理解しています。
絶望的なラスト、と捉える事も出来るし、悲恋の純愛ラストと捉えることも出来るに違いない。その点も魅力的ですね。
いずれにしても、女性描写に現実離れした恐怖を覚えて桐野夏生から少し遠ざかってしまっていた私でしたが、本作でまたファンになってしまいました。